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【H28年度10・11月 福島県相馬市「寺子屋」学習支援ボランティア募集】

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【「寺子屋」学習支援ボランティア募集開始!】 平成28年10月・11月 福島県相馬市「寺子屋」学習支援ボランティアの募集を開始しました!! 福島県相馬市「寺子屋」は、昨年度まで東京大学公式の東日本大震災復興支援活動として実施されてきました。 今年度からは、東京大学公式の活動ではなく、私たちUTVCと相馬市教育委員会で企画・運営していく活動となります。 中学生たちの学習の手助けをするだけでなく、彼らの学校生活や将来に何かしら刺激を与えられるような活動を目指し、新たな企画も考えております。 企画につきましては、参加者の皆様にも積極的に考え参加していただきたいと思います。 以下に募集要項を掲載しますので、ご覧くださいm(__)m         <福島県相馬市「寺子屋」学習支援ボランティア募集要項> 1.活動日・活動時間等 平成28年 ①10月22日(土)~23日(日) ②11月12日(土)~13日(日)       ※活動時間:土曜 17:00~20:00 日曜 9:30~12:30 2.活動場所・内容 〈場所〉「相馬市生涯学習会館」及び「相馬市LVMH子どもアート・メゾン」 〈内容〉中学生を対象とした、学習支援及び学力向上のための活動 ※なお、具体的な活動内容は、相馬市教育委員会に委ねていますので、原則としてその指示に従ってください。 3.募集人員 各回3名 4.応募資格 本学の学生(保護者等の承認が必要)です。 ※中学生に対して日本語による5教科(国語、社会、数学、理科、英語)の学習支援が可能な学生。 5.宿泊場所 相馬市内の賃貸アパート さくらビル ※相馬市が用意する宿泊施設で、原則参加者の負担はありません。 さくらビル 6.移動手段等 ・東京~福島駅:各自、JR等を利用(原則JR福島駅集合・解散) ・JR福島駅~相馬市内:福島交通のバスにより移動 ※経費等について ⑴東京~JR福島駅間の交通費(新幹線) ⑵福島駅~相馬間の交通費(バス) 上記、2件を相馬市が負担します。 7.生活環境 〈宿泊〉 相馬市が用意する宿泊場所(寝...

【H28年度8・9月 福島県相馬市「寺子屋」学習支援ボランティア募集】

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【「寺子屋」学習支援ボランティア募集開始!】 平成28年8月・9月 福島県相馬市「寺子屋」学習支援ボランティアの募集を開始しました!! 福島県相馬市「寺子屋」は、昨年度まで東京大学公式の東日本大震災復興支援活動として実施されてきました。 今年度からは、東京大学公式の活動ではなく、私たちUTVCと相馬市教育委員会で企画・運営していく活動となります。 中学生たちの学習の手助けをするだけでなく、彼らの学校生活や将来に何かしら刺激を与えられるような活動を目指し、新たな企画も考えております。 企画につきましては、参加者の皆様にも積極的に考え参加していただきたいと思います。 以下に募集要項を掲載しますので、ご覧くださいm(__)m <福島県相馬市「寺子屋」学習支援ボランティア募集要項> 1.活動日・活動時間等 平成28年 ①8月20日(土)~21日(日) ②9月10日(土)~11日(日) ③9月24日(土)~25日(日)          ※活動時間:土曜 17:00~20:00 日曜 9:30~12:30 2.活動場所・内容 〈場所〉「相馬市生涯学習会館」及び「相馬市LVMH子どもアート・メゾン」 〈内容〉中学生を対象とした、学習支援及び学力向上のための活動 ※なお、具体的な活動内容は、相馬市教育委員会に委ねていますので、原則としてその指示に従ってください。 3.募集人員 各回3名 4.応募資格 本学の学生(保護者等の承認が必要)です。 ※中学生に対して日本語による5教科(国語、社会、数学、理科、英語)の学習支援が可能な学生。 5.宿泊場所 相馬市内の賃貸アパート さくらビル ※相馬市が用意する宿泊施設で、原則参加者の負担はありません。 さくらビル 6.移動手段等 ・東京~福島駅:各自、JR等を利用(原則JR福島駅集合・解散) ・JR福島駅~相馬市内:福島交通のバスにより移動 ※経費等について ⑴東京~JR福島駅間の交通費(新幹線) ⑵福島駅~相馬間の交通費(バス) 上記、2件を相馬市が負担します。 7.生活環境 〈宿泊〉 相馬市が用意する宿泊場所(寝具...

【福島県相馬市「寺子屋」ワークショップ(平成28年2月19日)】

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福島県相馬市「寺子屋」学習支援ボランティアの参加者を対象に、ワークショップを実施しました! 会はInput Part とOutput part の二部構成。Input Part では福島県相馬市の復興の歩みや今後の課題について学習し、Output PartではInput Partで学んだことを参考にしつつ課題解決に必要な施策、さらに「東大生にできること」を検討しました。 地域の抱える課題を「A. 生活(仮設住宅/住民方々の心のケア)」「B. 経済(農林水産業/人口/観光・情報発信)」「C. 文化・教育(子どもの遊び場/キャリア教育/伝統文化の伝承)」に分け、それぞれについて議論。各参加者の専門分野や、実際に現地に赴いて感じたことを元に検討することで様々な意見が得られました。 話し合って終わりとするではなく、私たちにできることを着実に実行していきたい。 そのように感じたワークショップでした。

【活動体験記:相馬市「寺子屋」第6期C班(2016年1月16日~17日)】

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 学部卒業後の進路選択を考える中で教育格差への問題意識が高まり、初めてでも気軽に参加しやすいこの企画へ参加しました。相馬市を訪れてみると、建物などの外観上は既に復興している様子でした。一方で、地元紙の「福島民報」は一面から中盤までの9割方が原発事故関連記事であり、あらゆる面において県民は未だ原発事故の強い影響下で生活せざるを得ないことが見てとれました。  寺子屋の指導においては、あまりやる気が出ない生徒に対してどのように働きかけるかが一番の課題でした。勉強への姿勢として、最終的にはこれをできるようにしてあるいは覚え込んで自分の道具にしなければならないという覚悟や諦めがないと、宿題として出されたから仕方なく答えを写すという姿勢に陥りがちで、非常にもったいなく思いました。そしてその姿勢に変化をもたらす働きかけを自分がいまいちできず、歯がゆく思いました。また、私自身が今まで享受してきた教育に満足していることもあって、「もっと勉強すれば違う世界が見えるよ、将来の選択肢が広がるよ。」と伝えたくなる一方、中学生や他の参加者と話すうち、「選択肢が多ければ多いほど良い」という価値観は絶対的なものではないとも感じました。東大には、良くも悪くもこの価値観をひとえに信じて突き進んできた人や、手にした沢山の選択肢の中から選びあぐねて苦しんでいる人が非常に多いため、つい当然の前提として捉えてしまっていたようです。  今後私自身は、働いていく中で地方の中高生の教育機会についてどのような働きかけができるかを考え続けていこうと思います。そしてこの事業については、受け入れ先の中学生や地元の中学校の先生方の要望をもっと引き出す形で継続していってほしいと願っています。 (法学部・4年)

【活動体験記:大熊町学習支援活動(2015年8月16日〜8月21日)】

今回、はじめてボランティア活動と呼ばれるものに参加した私を会津若松市で迎えてくれたのは、震災という影を微塵も見せない大熊中学校の生徒たちでした。彼らの学び舎が仮校舎であるということを除けば、学校にいる時の生徒の姿は、ふざけ、笑い合い、そして学習もする、普通の子供たちの学校生活を私に見せてくれました。だからこそ、私は初めての活動に対しても自然体で取り組めたのだと、改めて感じます。 もちろん、参加してくれた生徒の中には中学三年生の生徒もいたわけで、彼らは受験勉強に力を注いでいました(それでも、鬼気迫る雰囲気で学習をしていたわけではなく、むしろ私が、受験を控えているのに大丈夫なのか、と思うほどにのびのびと学習していたわけですが、それでも私は、のびのびと学習をしていた彼らの雰囲気に居心地の良さを感じていましたが)。そうした、いわば受験生に夕方以降の予定を伺ってみると、ほとんどの生徒が「これから塾に行く」と言うのです。表情には出しませんでしたが、私は驚きました。そして、同時に恥ずかしさも感じました。彼らの多くは仮設住宅に住み、仮校舎で学習をおこない、日々の生活の設備も満足できるほどに揃っていないのだから、塾などの様々な面で負担がかかる活動はできないのではないか、という考えを、いつの間にか抱いてしまっていたことに気付いたのです。 その日の活動を終えた夜、私はこの活動の意義を考え直してみることにしました。大熊中学校の先生たちは、夏休みという期間でもほとんどの先生が出勤しており、学習支援活動の様子も見に来てくださいました。そして、学校外にも、彼ら生徒たちに勉強を教える塾の講師の方々がいるとするならば、私は何をすればいいのだろう、と考えたのです。ボランティア活動は不必要だ、という考えは思い浮かびませんでしたが、それを肯定する理由もすぐには思いつかない状態でした。 しかし、一つだけ、確信に近いものを見出しました。震災から四年も経ったいまでは『何かをしなければならない』型のボランティア活動はもはや終わったのだ、ということです。私たちが行かなくても、彼らには学習に必要な環境が整いつつあります。では、私たちだからこそできることは何だろうか。月並みな言葉ですが、大学生のおこなうボランティア活動のあり方というものを、見つめなおす時期が来ているのではないかと思うのです。 ...

【活動体験記:陸前高田市「学びの部屋」第6期B班(2015年11月14日~15日)】

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突然だが、私の出身は岡山県倉敷市だ。 4 年前の 3 月 11 日、私はテレビで震災の被害を知った。黒い津波も、燃え上がる気仙沼も見た。しかし、それはテレビを通して知る、遠い世界の現実に他ならなかった。かつて行ったことのない東北という地で、何か大きなことが起こっている。だが自分の身の回りは、震災の前後で全く変わりはなかった。そのギャップにどこか薄気味悪い感情を抱きながら、自分は大学生になった。「いつかは東北に行って、震災の現実をこの目で見たい」そんな気持ちを抱き続けていた僕にとって、今回のボランティアへの参加は迷うべくもない当然の選択であった。 2 日目のボランティア初日。日曜日でしかも悪天候という中、生徒がなかなか集まらず、私たちは手持無沙汰になっていた。そんな我々を気遣っていただき、支援員の戸羽さんが車で津波の被害を受けた地域を案内してくださった。町全体を地上げするため、山を削り土砂を運搬する巨大なベルトコンベアーを支える無数の足場を見た。 4 階までは津波で激しく損傷されているのに 5 階は波が来なかったことで無傷で残っているアパートを見た。河口付近に位置していたため、小学校の校舎ごと波に飲み込まれて教室の壁がおもちゃのようにめくり上げられ、中の配線までちぎれて無残に風に揺れている光景も見た。見るもの全てが、震災のしの字も知らなかった私にとっては脳天を割られるほどの衝撃だった。いったいどれほどの人々が、子供が、この波に巻かれて砕けていったのか。彼らは死ぬ間際に何を思ったのか。 私は涙すら出なかった。私の理解を超えた現実がそこにはあった。 廃墟となった校舎を寒風にさらす小学校越しに見える「奇跡の一本松」も、この時ばかりは皮肉に思えて仕方なかった。  しかし、学びの部屋に来る生徒たちに私は救われた。きっと人に言えない思いをしてきたであろう子供たちは、今では大学受験生になり、ボランティアとして来ているに過ぎない私の話を笑顔で聞いてくれ、懸命に勉強に取り組んでいる。その姿はある意味で健気でもあり、同時に非常に強く私の心を打った。彼らをかわいそうだと思うのは失礼だと思った。無責任に「震災にあって苦しいね」なんて言う人の気が知れないと思った。私はできるだけ対等に彼らの話を聞き、学習支援を行うことが務めだと感じ、そのように生徒と接...

【活動体験記:陸前高田市「学びの部屋」第5期(2015年10月17日~18日)】

 「学びの部屋」の支援員の方によれば、日曜日はどれだけ生徒がやってくるか読めないとのことで、結果として高田第一中には今回私達のいる間に午前と午後でそれぞれ1人ずつが来たのみであった。ボランティアに参加する側としてはできることが少ないことに対して少し寂しさを感じたが、隣の部屋では女子卓球部の生徒が元気に声を出していたし、その日はちょうどすぐそばでお祭り(?)をやっているようで、他に行く所があってやることがあるのならばいいことだろうと思った。  午前中は数学の課題をやるという生徒がいて、自分は数学に多少強いと思っていたので一緒に解いてみることになった。自分がなにを考えて問題を解いているかを伝えられたら良いな、と思っていたが一朝一夕にできるものではなかったし、また間違ったことを言ってかえって混乱させてしまうことも多く、少し申し訳ない感じで終わってしまったのが心残りであった。継続的に接することができれば私達ができることも増えるかなと思ったが、これは支援員の方にはできても私達には制度的な面も含め現状なかなか難しいことである。そのため、私達が参加することでどのようなことが期待され、そしてできるのか、ということを状況に応じてよく考えることが必要だと強く感じた。機会を見てこうした活動にまた参加したいと思っているが、今回の経験も活かしてより良い活動をしたいと思う。 (薬学系研究科・修士2年) 午前中の高田第一中での学習支援が終了し、午後は第一中と米崎中の二班に別れる。私たちは車に乗り込み、米崎中へ移動。車窓の外からは瓦礫を撤去した後の更地と、つい最近まで遠くの山を削った土を運んでいたベルトコンベアが見える。高台造成が終了し、現在解体が行われている最中だ。「想像力を働かせないと前の町並みはわからない」―ほんの 10 分程度の道程の中、高田第一中の支援員の方の言葉がずっと響いていた。  翻って、教室は普段通りの日常が広がっていた。女の子が数Ⅰ A の問題に悪戦苦闘しているのも、男の子同士が勉強しつつちょっかいを出し合っているのも。彼らが日常を既に取り戻したのか、それともそう振る舞えるくらいに気丈なのかは分からない。ともすると、教室の外には荒涼とした風景が広がっていることさえ忘れかねない 。それくらい、教室の時間はゆっくりと流れていた。 ただ少なくとも、一瞬でも彼ら...