【活動体験記:陸前高田市「学びの部屋」第4期A班(2015年9月12日~9月13日)】

 まだ夏の続く東京と比べ、もう涼しさ感じる東北の地で、高田一中の校庭にはいまだプレハブが立ち並んでいた。しかし、自習室には笑顔で覆われ、憂えを全く見せない子供たち、りりしい青年の顔があった。聞けば、彼らのうちには大きな悲しみと傷を残されているという。慶応の医療系の学生、引率の医師はPTSDを懸念していた。そして、不登校になった生徒の逃げ場としても機能した「学びの部屋」の五年の重みが身に染みる。一本松の背後に広がる台形状の数々の高台。まっさらになって変わろうとする街への住民の希望と不安。まだ復興はなされていない。ところが、地元の敬老会では、突然の来訪者である私たちは歓迎された。また、学びの部屋の学生たちにとって、年の近い私たちは一番の話し相手となるらしく、実際そうであった。まだまだ問題はある。しかしながら、問題意識を持って参加した私が助け助けられた。「リアル」な被災地に入って、私は非常に多くのことを学ぶことができた。こうした機会が与えられたことをありがたく思い、更なる復興を願い、自身でもこれからも復興に協力していきたい。

(文科三類・1年



 先週末、学習支援ボランティア活動に参加するために陸前高田に6ヶ月ぶりに行って参りました。前回、陸前高田を訪れたのはまだ東北の本格的な冬の寒さが残る2月末でした。その時は陸前高田スタディツアーという形で、陸前高田の震災時のお話を後方支援をした遠野防災センターや語り部の方から伺い、実際の被害を自分の目で見て、さらに復興の現状を産業面から見ました。今回は、実際に「子どものエンパワメントいわて」が行っている「学びの部屋」に学習支援相談員として中学生の勉強のお手伝いをして参りました。先週末の「学びの部屋」の会場は陸前高田第一中学校でした。
2011.03.11は高田一中の新校舎の完成式典の日でもありました。全校生徒がいるところに1200人の避難者を迎えることとなりました。陸前高田市の中でも高田一中は、大規模な避難所となりました。新しく、木造で陽光の降り注ぐ設計になっている廊下を通り、図書館まで案内していただきました。図書館の窓から外を見渡すと、そこには元校庭と思われるスペースいっぱいに仮設住宅が並んでいました。今回は、生徒に勉強を教える合間に実際に仮設住宅の集会場にお邪魔する機会をいただきました。その日は、丁度敬老会の日で、私もせっかくここまできたのだからと思い、勇気を出して「マンマミーア」を披露しました。するととってもよろこんでいただき、思わぬサプライズ。歌い終わった後に、自治会長が私のところに寄って来て下さり、「あなたが歌うのを聴いていたらあなたの名前の入った百人一首を思い出した。」「""をはやみ ""にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」「また、来て下さいね。」とおっしゃりました。ですから、空いた土日がございましたらば今学期中にもまた陸前高田に参ろうと思っております。陸前高田の積み土のためのベルトコンベアは今秋中に撤去されるそうです。しかし、まだ、仮設住宅を出られた方は三分の一と伺っています。昨今は東北地方の被災地学校では精神的ストレスに発した不登校や登校拒否が増えているそうです。復興はまだまだです。

(文科三類・2年)

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